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2011年10月03日

福島第一原発事故による汚染はチェルノブイリを超えたのか?

5月6日、文部科学省は「文部科学省及び米国エネルギー省航空機による航空機モニタリングの測定結果について」という文書を発表。
それからというもの、フクシマの汚染はチェルノブイリを遙かに超えているという噂がネット上で散見されるようになった。
果たして本当なのだろうか?

こうした噂の原因は、以下のニュースサイト「東電原発事故は、チェルノブイリを超えたのか?」後半でも見られる「安全委員会によれば、云々」の文言に端を発しているように思われる。

「チェルノブイリは、半径30kmで、148万〜370万ベクレル/m2がもっとも高いレンジだった」

原子力安全委員会がそう言ったのか、間違った伝聞なのか、またこの文言がどこから最初に発せられたのか、定かではない。
でも、原子炉が爆発したチェルノブイリで、30q圏内の最高レベルの汚染が370万ベクレル/m2に留まっているはずがないよね?
それで、調べてみる。

チェルノブイリの汚染マップで良く引用されているのは、次の2つかな?
まずは、「チェルノブイリ原発事故による放射能汚染地図」
これは縮尺が小さくて広範囲をカバーしているけれど、30q圏内は詳しくない。
その上、40Ci/km2以上の汚染についてはレベル分けがされていない。

次は、以下のサイト「チェルノブイリ原発事故(今中 哲二)」の中の「チェルノブイリ周辺600km圏のセシウム汚染地図」。
チェルノブイリ周辺600km圏のセシウム汚染地図.gif
これも同様で、こちらは15Ci/km2以上は区分けが無い。

しかし、このサイトには良いマップが有った。
すぐ上の「チェルノブイリ原発周辺30km圏のセシウム137汚染レベル(1986年ウクライナレポートより)」がそれ。
これだと原発30km圏の汚染状況が良く分かる。
チェルノブイリ原発周辺30km圏のセシウム137汚染レベル(1986年ウクライナレポートより).gif

チェルノブイリの汚染マップを見る場合、単位が「Ci/km2」であることに注意しなくちゃならない。
1Ci(キュリー)=3.7E10Bq(ベクレル)
1km2=1E6m2
よって、1Ci/km2=3.7E4Bq/m2
そうすると、
15Ci/km2=555,000Bq/m2
20Ci/km2=740,000Bq/m2
40Ci/km2=1,480,000Bq/m2
100Ci/km2=3,700,000Bq/m2
500Ci/km2=18,500,000Bq/m2
1,000Ci/km2=37,000,000Bq/m2

単位を換算して先の図を見ると、「チェルノブイリは、半径30kmで、148万〜370万ベクレル/m2がもっとも高いレンジだった」というのが全く正確では無いという事に気が付く。
「370万ベクレル/m2」どころか、「3,700万ベクレル/m2」を超えている場所がある。
もし仮に、原発から半径30km地点での汚染のみを取り上げているのだとしても、マップの汚染区分とは合致しない。
単位換算を間違ったのかな?
その上で汚染区分も見落としてしまったのかな?

こうしてみてくると、フクシマの土壌汚染は幸いなことに、チェルノブイリに比べてその範囲も汚染程度もかなり少ない状態で収まっているように思われる。
もちろん、原発周辺の「測定結果が得られていない範囲」にはより高濃度の汚染地帯が存在する可能性は否定出来ないけどね。
また、この先、格納容器を突き抜けた核燃料の行方によっては汚染が拡大する可能性だって有るし、土壌以外に地下水や海洋の汚染も問題にしなくちゃならない。

尚、ここで参照しているのはセシウム137(Cs137)の汚染マップであることに注意。
チェルノブイリとフクシマとで、セシウム134と137の放出割合に差が有るのかどうかは知らない。(他の核種についても同様。)

また、チェルノブイリでは、避難&移住ゾーンは以下のように分けられていた。

40Ci/km2(148万Bq/m2)以上:強制避難ゾーン
15Ci/km2〜40Ci/km2(55万5千Bq/m2〜148万Bq/m2):強制(義務的)移住ゾーン

これと比べると、福島では30km圏を超えてチェルノブイリの避難&移住ゾーンが存在している。
これに対して長年に渡ってどう対処すべきなのか、ちょっと考えただけでも、原発事故の恐ろしさが身に染みるね。

さて、原発事故の1番2番を争っても仕方がないのだけれど、今迄の所、フクシマはチェルノブイリよりは大分マシと言っていいのかな?
posted by カムイ at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月25日

『ブタがいた教室』を観る

原作本(『豚のPちゃんと32人の小学生 命の授業900日』)を読んだことはない。
しかし、実際にこの授業が行われた当時、そのドキュメンタリーを見た記憶がある。
その時、これは教育ではない、責任を取るべき教師がそれを放棄している、と感じた。
その事がずっと記憶の片隅にあった。
その後、『ブタがいた教室』という映画が作られた事を知る。
先日、ふと思い出して、今回DVDで確認することとなった次第。

この映画については、映画そのものよりも、食べる為に豚を飼育するという「命の授業」に関心と評価が向かうだろう。
それは、「食べ物の大切さ」と「命の大切さ」を考える(教える?)「生きている授業」として計画されたことになっている。
それについて「覚悟を持って頑張ります」と新任の星先生は言う。
しかし、結論から言ってしまえば、その計画はあまりに杜撰で、彼には最終的に全面的な責任を全うしようとする覚悟も無かったのである。
「真剣な話し合いによる自主的な判断」を尊重するという名目の下に、全ての選択とその責任を児童に丸投げしてしまった。

通常、豚は生後6ヶ月(生育の遅い種に於いては8ヶ月)で肉にされるとか。
それならば、初めから6ヶ月という期間で計画されなければならないし、豚肉生産計画として当初から6ヶ月の細かな日程を決定していなければならないはず。
それを理由もなく引き延ばすようなことがあってはならない。
しかし、映画では、1年後の卒業が迫ってくることで、それまでに結論を出さざるを得なくなる。
実際の授業では、原作にあるようにその期間は900日にもなるのである。
豚との生活が長引けば長引くほど、愛情が深まり、思い出が作られ、豚は単なる肉用動物や飼育動物などではなく、かけがえの無い存在となっていく。
まして、豚は知能も高いのだから。
それは、当然の成り行き。
そうでなくても、恐らく初めから、そう「Pちゃん」という名前を付けた時から、豚はただの豚ではなくなっていた。
6年2組の仲間になった。
そんなことは当然予想され、そうなることは必然であった。
しかし、星先生は計画段階でそれらを完全に無視し、現実の前では児童達の「自主性」なるものに任せた。
そして、ずるずると、卒業という変更しようも無いタイム・リミットに至るのである。
彼には豚肉生産という「食育」に対して、全く計画性がなかった。
指導もしなかったし、指導力もなかった。
その結果、豚は大きく育ち、手に余るようにもなる。
「この豚を先生はみんなで育てて最後には食べようと思っています。」と言って教室に連れてきたこと、クラスのみんなはそれを一応承諾して飼い始めたということ、それらは彼の免罪符にはならない。
また一方、当初の約束ということで児童達に責任を問うことも許されない。
何故なら、初めから出来もしない約束だったのだから。

さて、豚を飼育することは、「命の大切さ」を考える授業にはなっていたのだろうか?
転校生の花ちゃんは、Pちゃんを捕まえた時「心臓がトクトクトクって動く」のを肌で感じる。
そして、豚の鳴き声にも色々あることを知る。
クラスのみんなは、自分の食べ物を残したり、別に買って貰ったりまでして、Pちゃんに餌を与える。
糞尿を始末し、豚小屋を清掃し、ブラッシングをし、Pちゃんが出来るだけ清潔で快適に過ごせるようにと気を遣う。
嵐が来れば大丈夫かと見回り、寒くなればマフラーその他で防寒を考える。
Pちゃんがいつも幸せに暮らせるようにと心を砕く。
その日々の生活を、その命を、大切に思う。
それは、翻って自分自身やクラスのみんなのことを大事に思うことにも繋がって行ったはずだよ。
季節の移り変わりと共に、Pちゃんもクラスのみんなも共に成長し、Pちゃんを中心にみんなで泣いたり笑ったり。
こうして、Pちゃんを飼うことは本当に実りの多い「命の授業」になっていた。
それで十分だった。

しかし、豚を飼うということは、鶏やウサギや犬や猫を飼うような訳にはいかない。
体重100s、実際には3年目に300sにもなっていたとか。
そして、卒業というタイム・リミットが迫る。
ここで持ち出されるのが当初の目的(約束)なのである。
映画の中では、卒業まで149日目に「Pちゃんを食べるのか、食べないのか」ということについて児童達は話し合いをさせられる。
しかし、「豚を育てて食べる」などという計画は、現実にはとっくに頓挫していた事は明らか。
それも当初から。
今更「Pちゃんを食べるのか、食べないのか」などという議題を設定することの無意味さ。
星先生の無計画で場当たり的な対応という他はないのである。
そして、いわば手に余った豚の処分方法というものを、児童達に決めさせようとした。
教師の責任を、6年2組全員の責任に転嫁したと言って良い。
しかし、その事を彼は全く認識していないのである。

「動物を育て、肉にし、それを食べることを通して食べ物の大切さと命の意味を知る」ということと、「動物を飼育することを通して命の大切さを学ぶ」ということとは同じではない。
これらを同一次元で考えたら、混乱するばかりである。
動物を飼うということに於いては、形の上で違いがないのだから。
その混同は、星先生の言動に見て取れる。
児童の母親達が豚の飼育に対して苦情を言ってきた時、彼は「豚を食べることは残酷ですか?」と反論している。
一般論として豚肉生産の為に計画的に飼っている豚を食べることと、ペットいやそれ以上の関係性を結んだ存在の豚を食べることとを、同一次元で語ることなど出来るはずもない。
そんなことは、分かり切ったことでしょ?
それでも、・・・自分なら「豚を食べることは残酷ですね。残酷なことをして僕は肉を食べているのです。」と答えるけどね。

映画では、基本的に、エピソードよりも児童達の話し合いが中心となっている。
彼ら子役は、180日間の中で豚の飼育も体験し、討論の場面では台本無しで話し合いをしたのだとか。
つまり、6年2組の真剣な話し合いは、疑似ドキュメンタリーだったという訳。
その討論では、とても示唆に富んだ発言が為される。
Pちゃんはペットだから、仲間だから、家族のようだから、食べたくない、食べるのはおかしい、食べる必要はない。
豚は食べられる為に生まれてきた。
それは、人間が勝手に決めたんだろ。
私たちは肉を食べる、Pちゃんは豚だから、Pちゃんを食べる。
Pちゃんだけが可哀想で、他の豚や動物は平気で食べられるのはおかしい。
他の豚を食べてPちゃんを食べないのは差別。
みんな(どの動物も)同じ命でしょ、命に変わりはない。
他に選択肢はないの?
そして、投票結果は、食べない18票、食べる5票、分からない3票。

話し合いでは、先生の混乱そのものが現れている。
大人が話し合っても、恐らく同様に混乱した意見が出されることだろう。
そもそも「命」の重さは、同じではない。
それは極めて主観的で恣意的なモノ。
そんなことは、誰でも普段の生活で感じていることのはず。
それは理屈じゃない。
「全ての命に変わりはなく平等」だとか、「生きるということは食べること、それは他の命を頂くということ」などといった如何にも正しそうで反論の余地の無さそうな建前(理屈)では決められない。
星先生はこの話し合いに当たって、「正しいとか間違っているとかは無いので、いろんな意見を考えて話し合っていきましょう。」と言う。
そう、初めから決められないこと、結論など出せないことを、彼らは話し合わせられたのである。
一方で、隠された本当の話し合いの目的とは、Pちゃんの処分方法だった。
こんな風に、大きな不条理を、星先生は6年2組の児童達に押し付けた。
「敢えて結論に導くことなく、子供達の自主性に任せ、その判断を尊重する」という、建前を隠れ蓑にしてね。

時は進んで2月。
3年生の一クラスが、Pちゃんの飼育を引き継ぎたいと、申し出てくれる。
そこでまた話し合い。
「Pちゃんを3年生に引き継ぐのか、食肉センターに送るのか」
いつの間にか、「食べる」が「食肉センター送致」に替わってる?!
実際の授業では、「下級生に引き継ぐ、食肉センターに持っていく、農場で飼ってもらう、自分たちで食べる」の4択であったらしい。
自分達との関わりを経つような選択肢(いわば都合の良い処分)として、食肉センターが選択肢に入ってきたようだね。
今回はいよいよタイム・リミットが迫って、「責任」というものが大きくクロ−ズアップされる。
3年生には負担が重い。
3年生もクラス替えや卒業の時には悩まなくちゃならず、3年生に問題を押し付けることになる。
自分達が食肉センターへ送った方が責任を取れる。
死ぬまで飼うのが責任じゃないの?
飼えなくなったペットを保健所に連れて行って処分して貰うのと変わりない。
そして投票では、3年生に引き継ぐ13票、食肉センターに送る13票。

センター任せにするな。
(Pちゃんとの関係を)最後にしようとしている。
食べるのは、殺した動物の命を受け継ぐこと。
しょうがないジャン、あと1週間。
しょうがないから、殺すの?
ここで、食肉センター派の女の子が発言。
「本当のこと言ったら、Pちゃんに長生きして欲しいよ。引き継いで貰ってもこの問題を先延ばしにするだけ。自分達で飼い始めたんだから、自分達の手で終わりにするのが責任だと思う。」
花ちゃんが先生に聞く。
「命の長さって、誰が決めるんですか?」
「それは、・・・誰も決められないと思う。」と先生。
「でも、今、みんなでPちゃんの命の長さの話し合いをしているんでしょ?」
その後、こんな意見が出される。
3年生が卒業する時にこんな風に悩んだり苦しんだりするのは厭だから、「殺す」じゃなくて「卒業」と考える。
形があるモノより心に残る「思い出」が大切。
しかし、「Pちゃんに1日でも1秒でも長生きして欲しいです」と花ちゃん。

なんて辛いことを子供達に強いているんだろうね。
先生自身が認めているように、これは初めから誰にも決められないことなんだよ。
もし仮に、「命」の長さを決めることが出来る者が居るとしたら、それはその「命」を「所有」している者に限られるだろう。
仲間や家族の「命」を所有し、その長さを決められる者など居るはずもない。
それなのに、残された短い時間に追い詰められ、理屈や建前、特に「約束」とか「責任」という「正しい」要求の前で、がんじがらめになりながら、他の助けを借りることなく、一生懸命に「処分」に納得しようとしている子供達。
そんな彼らが到達したのは、論理とは程遠い「卒業」とか「思い出」だった。
如何にもずる賢い大人が持ち出して来そうな屁理屈と同じなんだけどね。
でも、論理的に結論づけられるような事柄じゃないんだから、非論理的なモノに逃げ込むのも仕方がない。
防衛機制。

だいたいにおいて「責任」というモノを掃き違えている。
何が本当に責任を取ることに為るのか、見極めるのは非常に難しい。
現実には、真の意味での責任など取りようのないことの方が、遙かに多い。
実際には、それをもっともらしい理屈を付けて、責任を取ったことにしているだけ。
この授業について言えば、初めから、子供達には責任の取りようがないこと。
それだけの能力も覚悟も、その現状認識に対する話し合いも為されずに始められた、先生による身勝手で無計画な「命の授業」。
本当に責任を取らなければならないのは、誰なんだろうね?

卒業まで6日、Pちゃんが逃げ出す。
探しに出掛ける子供達。
途中で取っ組み合いをする男の子。
食肉センター派の男の子を、引き継ぎ派の男の子がなじる。
「Pちゃんが居なくなって、ホッとしてるだろう?Pちゃんの命は、Pちゃんが決めればいいだろ!」
喧嘩を仲裁して花ちゃんが問う。
「Pちゃんは何の為に生きてるの?・・・食べられる為だけに生きてるの?」
「みんなは、何の為に生きてるの?」
その後、手荒な捕獲劇の現場に到着した彼らは、それを身体を張って制止し、Pちゃんと一緒にみんなで学校へ帰る。
Pちゃんのことをみんなが本当に思い遣って、それにPちゃんも応えて、一緒に歩む姿。
それはとても美しい光景。
どうして、これほど素晴らしい関係性を、学校や大人達は守ってやろうとしなかったのかね?

卒業まであと3日。
もう一度投票。
3年生に引き継ぐ13票、食肉センターに送る13票。
これは6年2組の問題だから、星先生の1票も必要だと児童達は言う。
校長先生からは、子供達がどういう判断をしたとしても最終的な結論は星先生が負うべきであり、それが教師の責任だと言われていた。
そして次の日、Pちゃんの前で先生は6年2組のみんなに結論を伝える。
「Pちゃんを食肉センターに連れて行くことに決めました。これが6年2組の最後の1票です。」
「この1年間、本当にみんな頑張った。ありがとね。」

星先生は、最終的に結論は自分が出し、教師としての責任を全うしたつもりなのだろう。
しかし、彼は現実には全く責任を果たしていない。
「豚を飼って肉にして食べる」という授業が頓挫した責任も、その挙げ句手に負えなくなったPちゃんを「殺処分」するという事に対する責任も。
此の期に及んで、豚はもともと肉として食べる動物だから、というのは単なる言い訳にしか過ぎないのは分かるでしょ?
最後の1票を自分が投じたことで、子供達が話し合いで意志決定したことの責任まで、彼は引き受けることが出来たとでも思っているのだろうか?
彼らの重い荷物を下ろしてあげられたとでも思っているのだろうか?
正式にPちゃんの引き継ぎを申し出てくれた3年1組担任に、彼は屋上でこう話す。
「子供達は、もうこれ以上頑張んなくていいんじゃないかな、って。もう十分だから。・・・」
実際には、ドキュメンタリーの中で教師は涙を浮かべながら確かこんな風に言っていた。
「もうお前達は悩まなくていい、苦しまなくていい。・・・」
自ら児童達に結論を出せない不条理を押し付けておいて、一体彼は何を言っているんだろうね。
本当は自分自身が苦しかったんじゃないのかな。
飼育期間中に何かの病気でPちゃんが死んでくれたら、彼は心底ホッとしたことだろう。
結局、彼は最後まで、自分が何をしてきたのか、何をしているのか、何をするべきなのかが、分かっていないのだった。
星先生が本当に責任を取るのだとしたら、自分の力で、6年2組みんなの本当の思いを叶えてあげなくちゃいけない。
それは、彼自らの責任でPちゃんが最期まで幸せに暮らせるように環境を整えること。
それが何年に渡るものになるかは分からない。
豚の寿命は10〜15年だとか。
病気や怪我や老化、そしてその体重を考えると、気の遠くなるような話だね。
しかし、どんなに苦しくともそれをやり遂げたのならば、彼のPちゃんに対する責任も、6年2組のみんなに対する責任も、そして教師としての責任も、果たすことが出来たと思う。

この「命の授業」と称されるもので、問題なのは、不条理を児童に押し付けたということばかりではない。
正しいとも間違っているとも言えないこと、一人一人が違っていて良いことを、最終的には多数決という形で結論づけさせたということが、大きな問題なのである。
それぞれの想いと選択、それは内実も濃淡も微妙に異なっている。
その全てが尊重されなければならないはずなのに、それらを話し合いの中で一見論理的な理屈で闘わせ、単純化した2択の多数派の結論に従わせてしまった。
いったい6年2組のみんなはどうやって、「Pちゃんを食肉センターに送る」(殺処分する)という結論を自分に納得させたのだろう?
それは決してPちゃんに対する「責任」を取ることではなかった事は、皆が分かっていたはず。
「6年2組で豚を飼育する」ということに対する「けじめ」ではあったとしてもね。
いみじくも誰かが言っていた。
「飼えなくなったペットを保健所に連れて行って処分して貰うのと変わりない。」
不条理と責任に挟まれて、彼らは6年2組の結論を引き受けた。
きっとそれには、「卒業」という理屈で自分を無理矢理納得させていたんだろうな。

何かについて子供達が一生懸命真剣に考え話し合う、それはとても得難い経験である。
Pちゃんのことをかけがえの無い存在と思っていればこそ、その運命について真剣に話し合うことが出来た。
だからといって、この試みが教育的に成功した事例だと言うことは出来ない。
「殺処分」を「卒業」と言い換え、かけがえの無い「Pちゃん」を食べられる為に生まれてきた「豚」に置き換え、手に負えなくなった豚を処分することで自分達が「責任」を果たしたと無理矢理納得する。
こんな行為のどこに教育的成果が有るというのだろう?
こうした体験をした児童達は、成長してどんな大人になっていくのだろう?
もしかすると、小賢しい理屈をこねくり回して自分を正当化し、自分の人生は自分自身で自らの責任で選択して来た、などとうそぶくようになるかも知れない。
そして、自分は責任を持って生きている、迷惑は掛けていない、他の人とは関係が無い、皆自分のことは自分で責任を持つべき(自己責任)で、人のことは自分の知った事じゃない、と言うかもね。
「責任」なんて簡単には取れるものじゃないし、自分の人生を自分の意志だけで選択出来る人はとても恵まれた境遇の人なんだし、人に迷惑を掛けずに生きることなんて出来やしないし、・・・。

ところで、「豚を飼育して食べる」という食育の方はどうなったのかな?
当初から頓挫していた訳だけれど、結局Pちゃんを食べることはなかったようだ。
実際の授業でも、話し合いの議題で「食肉センターに送る」と「自分達で食べる」が別の選択肢となっていた位だから。
それは当然なこと。
かけがえの無い仲間であるPちゃんの大切な「命」を奪って大切に頂く、なんていうことが出来るはずもない。(ご立派な理屈ではあってもね。)
せいぜい、あらゆるものに目をつぶって、Pちゃんを無き者とすることが出来るだけ。
そして残念ながら、大きく育ち過ぎた豚は、食肉センターに送られても、肉として低い評価しか与えられなかったことだろう。
もしかすると、その死はただの犬死であったかも知れない。
一人の児童の父親が言っていた。
「無駄にすることは野蛮なんだぞ。」
この「命の授業」はそんな野蛮なことをやってしまったのである。
豚の身体の全てを頂き、1つも無駄にすることなく利用し、その事を通してその命を大切に扱う、そうした授業の機会は奪われた。
その代わりに、いずれとも知らぬ所でただの肉や骨として扱われ、お墓も作って貰えなければ供養されることもなかったんじゃないのかな?
かけがえの無い大切な仲間だったのにね。

結局、星先生が計画した「命の授業」は、Pちゃんの命をもてあそび、6年2組のみんなの心をもてあそんだだけだった。
教育などとは程遠く、してはならない「授業実験」だったという他はない。
ただ、6年2組のみんなとPちゃんの関係性だけは真実だった。
それが唯一の救いである。
でも、それだからこそ悲しいね。
それを守ってやることが出来なかったんだから。

最後に、映画そのものに対する評価をしておかなければならぬ。
キャッチコピーは「――命の長さは、誰が決めるの?」だったとか。
果たしてその問いかけは、どのように観客に伝わったのかな?
それは兎も角、この映画は、26人の子役達に実際にあった「授業実験」を追体験させることで成立している。
現実の32名の児童に比べれば、その影響は小さいかも知れない。
あくまでも映画撮影の中でのことであるから。
とはいえ、するべきでない「授業実験」を彼らに体験させて、本当に良かったのだろうか?
自分は、大いに疑問に思うのである。



posted by カムイ at 07:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画&ドラマ・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月10日

『容疑者Xの献身』を観る

先日テレビ録画しておいた映画、『容疑者Xの献身』を観た。
天才物理学者湯川学と天才数学者石神哲哉の対峙という設定に惹かれて最後まで観てしまったのだが、・・・。(内海薫役の柴咲コウのしゃべり方も可愛いし。 笑。)

映画終盤で、被害者の遺体の身代わりに別の殺人を犯しているということが分かって、大いに興醒め。(もっとスマートなトリックを期待していたのにー。)
別人の遺体を身代わりにすることで死亡時刻(犯行時刻)を1日ずらし、真犯人のアリバイを完璧に偽装したんだよね?
たとえ後日、被害者の本当の遺体が見付かったとしても、その時にはその殺人事件の裁判は判決が確定し終了しているというのが、石神のシナリオだった。
でもね、被害者本人の遺体が発見されるまで相当の時間を稼ぐことが出来るのならば、身代わり殺人なんて必要ないでしょ?
顔を潰し、歯を欠き、指紋を焼き、遺留品も処分して、川に沈めれば良かっただけ。
遺体が発見された時には身元確認にも相当手間取るだろうし、死亡推定時刻どころか、日にちも、死因すらも分からなくなっているはず。
だいたい富樫慎二は住所不定無職といったところなんだから、身元不明の他殺体として捜査も困難を極めるはず。
それならば、真犯人のアリバイを問われることもない。
手の込んだ偽装工作なんて必要ないジャン!
湯川が「殺人に手を貸すことは考えられない。そんな不合理なことはしない。」と断言するような天才数学者の石神で無くても、こんな僕でも、ちょっと考えれば分かる誠に不合理な身代わり殺人。
全然、数学的に美しくない!
彼らしくない!
このことで、ストーリー構成が完全に破綻してしまったのである。
あ〜残念。

その上、隣の部屋に住む母娘に対する孤独な石神の“愛”などというモノを強調するものだから、いよいよ陳腐で安っぽい物語になってしまった。
移送される石神とそこに現れた花岡靖子の場面は、如何にも取って付けたようでしらけてしまう。
花岡母娘の身代わりに犯人となり罪を1人でかぶる為には、彼自身が殺人という罪を現実に犯している必要が仮にあったとしても、それが無意味なことは明らか。
そんな第2の殺人が有ろうが無かろうが、石神が花岡らの身代わりになった時点で、母娘は自分達だけで安穏とした生活を続けることが出来るはずもない。
彼らは共依存として同じ秘密を抱えて居てこそ、富樫慎二殺しという犯罪を隠し通せるのだから。
それに、本当に大きな“愛”があったのならば、沈着冷静な石神は、母娘による殺人が決して故意のものではなく、偶発的で、やむにやまれぬ情状があったことを、出来るだけきちんと証明しようとしたはずだよ。

石神が第2の殺人でもって母娘のアリバイをどんなに完璧に偽装したところで、それだけで事情聴取を2人がなんなくやり過ごせるとも思われない。(事情聴取は、アリバイについてのみのはずもないし。)
それに、警察が犯行時刻を実際の1日後と考えていることに、母娘は矛盾を感じたり、その事に動揺したりしないだろうか?
その上、後に富樫慎二の本当の遺体が発見され、もし真実(身代わり殺人)が露見することになったとしたら、母娘は自分達が犯した殺人という罪よりも更に大きな重荷を背負わされることになる。
これが石神の“愛”の所作だと言えるのだろうか?
それは、正に狂気の沙汰。
そして美しくない。

母娘への“愛”などとは関係無く、人生に絶望していた石神が、隣で起きた殺人事件を切っ掛けに、世間や警察に対して解けない設問を投げかける。
もちろん、母娘を助けたいという動機からではあるのだけれど。
そうして自分自身の人生を掛けた一世一代の大芝居を打つことで、生きている実感を得ようとする。
生きていた証を作ろうとする。
そのシナリオが、不合理であればある程、そしてそれが故に複雑になればなる程、彼はそれに熱中して行く。
或いは、自分勝手に組み立てた「愛の献身」に没頭する。
孤独な天才数学者の狂気と悲劇。
そんな筋立てであったのならば、僕としては納得出来る話にはなったんだけどね。
それでも、それが天才数学者にとって「美しい」モノであったかどうか、疑問は残る。

いろいろと書いてきたけれど、身代わり殺人が発覚するまでは楽しめていたんだから、まぁ、映画としては良かったのかな?(笑。)
でも、死亡推定時刻が1日ずれていることに気が付かず、警察が追っていたアリバイは真の犯行時刻のモノであるとばかり思い込んでいたのは、こちらが馬鹿だっただけのような気もする。
その事が分かっていれば、無理筋の話だと初めから思ったはず。
簡易宿泊所を使ったトリックも弱いし、凶器たる電源コードを押し入れに仕舞っておくのも不自然。
それとも、警察や湯川と同様、犯行時刻が1日ずれていることに気付かせないような作者の策略(騙しのテクニック)にまんまと嵌められてしまったのかな?

ところで、『容疑者Xの献身』という題名はどこかで聞いたことはあった。
しかし、原作を読んだことはないし、映画も初見。
調べてみると、原作は第6回本格ミステリ大賞、第134回直木賞を受賞、その他にも受賞歴があって五冠なんだとか。
映画を観た人の感想でも、感動した、石神に感情移入してしまった、涙が止まらなかった、石神の大きな愛に打ちのめされた、すばらしい、・・・等々、絶賛されているんだよね。
ン〜〜ん、弱った。 (>_<)
自分の評価とはあまりにかけ離れてる!!?
ということは、・・・僕の方が、かなり世間とずれているということになるのかしらん?(苦笑。)
posted by カムイ at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画&ドラマ・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月11日

エコポイント駆け込みで、テレビ配送待ち

21型のブラウン管テレビが壊れてしまったのは1年3ヶ月前だった。(→「テレビ壊れてエコポイントを知る その1」
そんなに前だったっけ?
その後、同じく古い21型ブラウン管テレビを貰い受け、地デジTVを買うまでのつなぎとしていた。
こいつが曲者。
画面の四隅が少し黒くなっているのは兎も角、電源スイッチが完璧に不良。
勝手に電源が落ちてしまうので、スイッチを押し込んだまま楊枝をねじ込んだ。
それでも、時々勝手に切れたり、それどころか消してあるのに勝手に点いたり。
そうなると、何度リモコンで消してもまたすぐに点いてしまったりする。
どうなってるねん?
時には、留守中や朝、誰も居ないはずのリビングから声がしたり。(笑。)
幽霊?!(お前なぁ、・・・勝手に何時間もテレビ視聴するな!)

テレビ台は5年前に作った。。(→「続々)木工作業な日々」
その後、上にも棚があった方がちょっと便利かと思って付け足した。
ところが、それが仇に。
前のテレビが取り敢えず入ればいいと思って作ったものだから、貰ったテレビがゴネる。
同じ21型なのに、ほんの少し頭がつかえてしまうのだ。
それで、床に置いたまま。
そんなこんなでもう1年以上。

さて、古いブラウン管テレビとの耐乏(?)生活も、もうすぐ終わり。
買い換えは、アナログ放送終了まで引き延ばしても良かったのだが、・・・。
全ては家電エコポイント制度がらみの都合。
急に見直しなんてするから、慌ただしいことになった。
エコポイントが無くなってからの値引きや値崩れを期待するよりも、今確実なエコポイントを取った訳。
みんなも同じように考えたようで、自分の選んだ機種は少しマイナーだから在庫があったけれど、人気機種だと今購入しても配送は来月上旬以降だったりするらしい。 (*_*)
お金を払っても、商品を手に入れるのはそんなに先かい?!(尤も、クレジットカードで買う人が多いだろうけど。)

アナログテレビ台.jpg

急に液晶テレビを買ってしまったものの、設置場所は写真(↑)の有様。
これを何とかしなくちゃ。 (>_<)
整理して片付けようとしたままのVHSテープとデッキ、それから今となっては生きている化石級のDATテープとデッキ。
実は、この他にカセットテープとデッキも有るんだよね。
完全に家電の進化に取り残されてる。 (^^;)
テレビ台も、大画面テレビに合わせて少し高さを低くして40p位にしないと。・・・
上に棚を付けるのならば、ポールの位置を変更し、更に継ぎ足して間隔を75p以上にする必要がある。
買ったテレビは持ち帰りも出来たのだけれど、少し先に配送日を指定したのはこんな訳。

スピーカーはどこへ置こう?
ちょっと変わったスピーカーでしょ?(オークションで落札した古〜いモノ。) (^_-)
下かな?
それとも、棚を付けて上かな?
あ、そういえば、デジタル放送用のアンテナも買ったまままだ取り付けていなかった!?
やることが有り過ぎて、配送日までに全てを整えることは出来そうにない。
本当のデジタルテレビライフは、いったい何時になる事やら? (^_^;)
posted by カムイ at 23:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 電化製品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月10日

「沖縄の負担軽減」という欺瞞

菅直人新首相は、就任後初の記者会見で「沖縄の負担軽減ということも、真摯に全力を挙げて取り組んでいかなければならないと考えております。」と述べた。
常識的に考えれば、日米合意を実行しつつ負担軽減も図ると言っているようだ。
それとも、・・・・・?(笑。)

「沖縄の負担軽減」

この言葉は、普天間基地移設問題が俎上に上がってからどれほど使われたことか。
政治家もマスコミも一般人も、その言葉を常識のように使っている。
自分も、つい何気なく使ってしまう。
しかし、なんか引っ掛かるんだよね。
沖縄に基地が存在することは当たり前で、だから当然に「基地負担」が存在する、でもそれじゃあ可哀想だから「負担軽減」をしてあげなくちゃ、と言っているみたい。
沖縄に基地が存在することは、変わらない前提なのかな?
沖縄の基地はアプリオリな(「所与」の、「自明」な、「当然」な)条件であるかのよう。
それって、すごくヘン。
無人島だった所を「基地の島」とする為に開発したという歴史でもあれば別だけどね。
確かに、すぐに消してしまうことなど出来ない現実としてそれはあるのだけれど。・・・

一体、「沖縄の負担軽減」と言いながら、「沖縄の基地削減」とは一言も言わないのはどうしたものだろう。

沖縄米軍提供施設・区域.bmp

考えてみると、普天間飛行場だけが問題じゃないよね〜?
普天間飛行場が返還されたとしたら、それで基地の問題が片付く訳じゃ無い。
また、国土のたった0.6%の沖縄に在日米軍専用施設(基地)の74%余りが集中していること、そんな不平等と不公平感だけが問題とも思われない。
沖縄の米軍基地の地図をちょっと見てみて。(↑上記画像をクリック。)
米軍基地面積は、沖縄島の18%以上を占めているらしい。
果たして、そのことだけが問題なのかな?(確かに、その数字自体驚くようなことだけれど。)
地図を見ると、島の素真ん中に、堂々と臆面もなく、広々とした基地や訓練場が有るのがすぐに分かる。
他にはこんな地図もある。

「沖縄島の米軍基地マップ」

地図や航空写真で拡大したり、縮小したりしてみればもっと色々なことが分かるよ。
広大な敷地にゆったりと建てられた施設や住居、それに引き替え市街地のなんと窮屈そうなことか。

横浜に行った時のこと。
根岸森林公園から黄金町方向へ歩いてみたことがある。
急いでいたので、出来るだけ分かりやすそうな道を行こうと思った。
そうしたら、ゲートやフェンスにぶつかってしまって突っ切ることが出来ないのね。
行く手には、米軍根岸住宅が有ったという訳。(戦後に接収されたモノらしい。)

大きな地図で見る
仕方がないので、延々と迂回。
すると、谷戸の様な地形の古い住宅地に出た。
その崖の斜面に、自動車も入れない細い路地がくねくねと続いていて、それに沿って小さな家々がびっしり立ち並んでいる。
何時頃作られた住宅地なのかは知らないけれど、かなり古いことは確か。(戦後すぐかな?)
車も入れない土地に普通だったら建築許可は下りないだろうから。
そしてやっとの事で根岸共同墓地の上に出た。
谷間にある日本人の狭い住宅地の一方で、フェンス越しに見える高台の米軍住宅の優雅な佇まい。
それを見た時の何というか、もやもやとした感情。
やるせなさと屈辱感。
フェンスの向こうの生活には、思い遣り予算やその他の税金がたっぷり使われているんだろうな。
それなのに、ただの住宅街すら日本人が突っ切ることも出来ない。
それと似たような気持ちを沖縄島の航空写真から感じてしまう。

軍隊や基地が大手を振ってのさばっていられるのは、「戦時」のお話。
「平時」には、隅っこの方で大人しくして、黒子に徹するべきでしょ?
島の真ん中で堂々としているなんて、有り得なーい!
元々沖縄島は「基地の島」、「軍の島」じゃないんだから。
これじゃあ、未だに占領軍が支配しているようにしか見えないよね。
実際問題、沖縄の基地は沖縄戦で占領した米軍が勝手に作った所から始まっている。
その後、本土は国際社会に復帰しても、沖縄は返還されず、冷戦の最中に「銃剣とブルドーザー」で拡大されてきた。
アメリカは思うがままに基地と訓練場を作り、自分達だけの「基地の島」を手に入れたという訳だ。
ソ連からは遠い沖縄は、安全で都合が良かったのかな?
それが戦後64年、本土復帰から38年経っても続いている。

普天間基地の返還なんて、まだまだちっちゃな話。
その隣の嘉手納基地を見てご覧よ。
笑っちゃう位大きい。
どうみても、嘉手納基地から嘉手納弾薬庫、それにキャンプ・ハンセンからキャンプ・シュワブは、邪魔でしょ?
目障りだよね〜。
こんなに広い土地を、それも島の中央付近で幅の狭くなっている所を、巨大な基地や演習場で占められてしまっては、島全体としてのグランドデザインを描けない。
民間飛行場を作るにしたって、今ならあんな所に計画したりしないでしょ?
まるで島の背骨に当たる部分を広範囲に癌に冒されているようで、気持ち悪いことこの上ない。
また、貴重な自然環境であり、県民の水甕でもあるやんばるの森にしたって、そこでジャングル戦闘訓練なんてして欲しくない。(北部訓練場の半分は返還されるようだけれど。・・・)
それ以外にも、基地は選り取り見取り。(笑。)
土地ばかりでなく、目には見えないけれど、空にも海にも訓練区域や制限区域が存在する。
あぁ、・・・息苦しい。 (≧-≦)
沖縄に一度も行ったことのない自分が、こんなことを感じるのは可笑しいかな?
でも、例えば富士山全部が米軍基地だったり、丹沢山地や奥多摩の峰々が広範囲に演習場だったり、或いは高尾山で実弾射撃の銃声が響いていたりしたら、・・・厭だよねぇ?

もう、軍隊や基地がのさばっているような時代は、終わらせなくちゃいけない。
戦後どころか、アメリカはずっと戦争中な訳だけれど。・・・
それに付き合う必要はある?
沖縄の「戦後」はいつまで続くの??
こんな事を、いつまでそのままにしておくの???

「戦後」は終わらせなければいけない。

日本国の責任に於いて、日本の国土から「戦後」を終わらせなければいけない。
沖縄から「戦後」を終わらせなければいけない。
基地を削減して、土地を、空を、海を、みんなの手に取り戻さなければいけない。
たとえ、万が一、仮に、沖縄の人が基地を減らさないで欲しいと言ったとしてもね。
その希望は断固として受け入れられない。
また、膨大な数の不発弾の処理や、未だ埋まっているであろう遺骨の収集も、国がけじめを付けなくちゃいけないこと。
これは平和国家としての責務だよ。

基地を無くしたら、雇用や経済はどうするんだという反論が必ず上がる。
先日、たまたま「喜納昌吉の母 〜ハイサイ母さん奮戦記〜」という古いテレビ番組のビデオを見た。
喜納千代さんが作ったライブハウス(?)は賑わい、ステージに立っていた昌吉さんは当時驚く程羽振りの良い生活をしていた。
ベトナム戦争時代の好景気かな?
本土でも、戦後には朝鮮戦争の特需を契機に、経済復興をとげた。
でも、戦争特需なんて、ロクなモンじゃないでしょ?
戦争とか基地とか、或いは兵器の生産・販売とか、そんなモノに頼る経済は心持ちが悪い。
以前に比べれば沖縄経済の基地依存度は低下してきていて5%位。
市町村への交付金等を加えても7%程度。
決して低い数字ではないけれど、基地関連にいくら税金を投入したところでそれは消費されるばかり。

普天間基地の移設先とされるキャンプ・シュワブは、元々は地元が誘致したものなんだとか。
今になって考えれば、間違った判断だったね。
一時は基地景気に湧いたこともあったのかも知れないけれど、今は寂れ、辺野古への移設の誘因ともなっているんだから。
もちろん、当時の事情の元での合理的決断ではあったのだろうけれど。・・・
それは、アメリカの占領下で「基地の島」化が行われた時代。
それを何時までも引き摺っている訳にはいかないでしょ?

「戦後」は終わらせなければならない。
それには、「沖縄の負担軽減」は必要無い。
本当に必要なのは、「沖縄の基地削減」だよ。
posted by カムイ at 08:21| Comment(0) | TrackBack(1) | 普天間基地移設のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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