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2010年06月10日

「沖縄の負担軽減」という欺瞞

菅直人新首相は、就任後初の記者会見で「沖縄の負担軽減ということも、真摯に全力を挙げて取り組んでいかなければならないと考えております。」と述べた。
常識的に考えれば、日米合意を実行しつつ負担軽減も図ると言っているようだ。
それとも、・・・・・?(笑。)

「沖縄の負担軽減」

この言葉は、普天間基地移設問題が俎上に上がってからどれほど使われたことか。
政治家もマスコミも一般人も、その言葉を常識のように使っている。
自分も、つい何気なく使ってしまう。
しかし、なんか引っ掛かるんだよね。
沖縄に基地が存在することは当たり前で、だから当然に「基地負担」が存在する、でもそれじゃあ可哀想だから「負担軽減」をしてあげなくちゃ、と言っているみたい。
沖縄に基地が存在することは、変わらない前提なのかな?
沖縄の基地はアプリオリな(「所与」の、「自明」な、「当然」な)条件であるかのよう。
それって、すごくヘン。
無人島だった所を「基地の島」とする為に開発したという歴史でもあれば別だけどね。
確かに、すぐに消してしまうことなど出来ない現実としてそれはあるのだけれど。・・・

一体、「沖縄の負担軽減」と言いながら、「沖縄の基地削減」とは一言も言わないのはどうしたものだろう。

沖縄米軍提供施設・区域.bmp

考えてみると、普天間飛行場だけが問題じゃないよね〜?
普天間飛行場が返還されたとしたら、それで基地の問題が片付く訳じゃ無い。
また、国土のたった0.6%の沖縄に在日米軍専用施設(基地)の74%余りが集中していること、そんな不平等と不公平感だけが問題とも思われない。
沖縄の米軍基地の地図をちょっと見てみて。(↑上記画像をクリック。)
米軍基地面積は、沖縄島の18%以上を占めているらしい。
果たして、そのことだけが問題なのかな?(確かに、その数字自体驚くようなことだけれど。)
地図を見ると、島の素真ん中に、堂々と臆面もなく、広々とした基地や訓練場が有るのがすぐに分かる。
他にはこんな地図もある。

「沖縄島の米軍基地マップ」

地図や航空写真で拡大したり、縮小したりしてみればもっと色々なことが分かるよ。
広大な敷地にゆったりと建てられた施設や住居、それに引き替え市街地のなんと窮屈そうなことか。

横浜に行った時のこと。
根岸森林公園から黄金町方向へ歩いてみたことがある。
急いでいたので、出来るだけ分かりやすそうな道を行こうと思った。
そうしたら、ゲートやフェンスにぶつかってしまって突っ切ることが出来ないのね。
行く手には、米軍根岸住宅が有ったという訳。(戦後に接収されたモノらしい。)

大きな地図で見る
仕方がないので、延々と迂回。
すると、谷戸の様な地形の古い住宅地に出た。
その崖の斜面に、自動車も入れない細い路地がくねくねと続いていて、それに沿って小さな家々がびっしり立ち並んでいる。
何時頃作られた住宅地なのかは知らないけれど、かなり古いことは確か。(戦後すぐかな?)
車も入れない土地に普通だったら建築許可は下りないだろうから。
そしてやっとの事で根岸共同墓地の上に出た。
谷間にある日本人の狭い住宅地の一方で、フェンス越しに見える高台の米軍住宅の優雅な佇まい。
それを見た時の何というか、もやもやとした感情。
やるせなさと屈辱感。
フェンスの向こうの生活には、思い遣り予算やその他の税金がたっぷり使われているんだろうな。
それなのに、ただの住宅街すら日本人が突っ切ることも出来ない。
それと似たような気持ちを沖縄島の航空写真から感じてしまう。

軍隊や基地が大手を振ってのさばっていられるのは、「戦時」のお話。
「平時」には、隅っこの方で大人しくして、黒子に徹するべきでしょ?
島の真ん中で堂々としているなんて、有り得なーい!
元々沖縄島は「基地の島」、「軍の島」じゃないんだから。
これじゃあ、未だに占領軍が支配しているようにしか見えないよね。
実際問題、沖縄の基地は沖縄戦で占領した米軍が勝手に作った所から始まっている。
その後、本土は国際社会に復帰しても、沖縄は返還されず、冷戦の最中に「銃剣とブルドーザー」で拡大されてきた。
アメリカは思うがままに基地と訓練場を作り、自分達だけの「基地の島」を手に入れたという訳だ。
ソ連からは遠い沖縄は、安全で都合が良かったのかな?
それが戦後64年、本土復帰から38年経っても続いている。

普天間基地の返還なんて、まだまだちっちゃな話。
その隣の嘉手納基地を見てご覧よ。
笑っちゃう位大きい。
どうみても、嘉手納基地から嘉手納弾薬庫、それにキャンプ・ハンセンからキャンプ・シュワブは、邪魔でしょ?
目障りだよね〜。
こんなに広い土地を、それも島の中央付近で幅の狭くなっている所を、巨大な基地や演習場で占められてしまっては、島全体としてのグランドデザインを描けない。
民間飛行場を作るにしたって、今ならあんな所に計画したりしないでしょ?
まるで島の背骨に当たる部分を広範囲に癌に冒されているようで、気持ち悪いことこの上ない。
また、貴重な自然環境であり、県民の水甕でもあるやんばるの森にしたって、そこでジャングル戦闘訓練なんてして欲しくない。(北部訓練場の半分は返還されるようだけれど。・・・)
それ以外にも、基地は選り取り見取り。(笑。)
土地ばかりでなく、目には見えないけれど、空にも海にも訓練区域や制限区域が存在する。
あぁ、・・・息苦しい。 (≧-≦)
沖縄に一度も行ったことのない自分が、こんなことを感じるのは可笑しいかな?
でも、例えば富士山全部が米軍基地だったり、丹沢山地や奥多摩の峰々が広範囲に演習場だったり、或いは高尾山で実弾射撃の銃声が響いていたりしたら、・・・厭だよねぇ?

もう、軍隊や基地がのさばっているような時代は、終わらせなくちゃいけない。
戦後どころか、アメリカはずっと戦争中な訳だけれど。・・・
それに付き合う必要はある?
沖縄の「戦後」はいつまで続くの??
こんな事を、いつまでそのままにしておくの???

「戦後」は終わらせなければいけない。

日本国の責任に於いて、日本の国土から「戦後」を終わらせなければいけない。
沖縄から「戦後」を終わらせなければいけない。
基地を削減して、土地を、空を、海を、みんなの手に取り戻さなければいけない。
たとえ、万が一、仮に、沖縄の人が基地を減らさないで欲しいと言ったとしてもね。
その希望は断固として受け入れられない。
また、膨大な数の不発弾の処理や、未だ埋まっているであろう遺骨の収集も、国がけじめを付けなくちゃいけないこと。
これは平和国家としての責務だよ。

基地を無くしたら、雇用や経済はどうするんだという反論が必ず上がる。
先日、たまたま「喜納昌吉の母 〜ハイサイ母さん奮戦記〜」という古いテレビ番組のビデオを見た。
喜納千代さんが作ったライブハウス(?)は賑わい、ステージに立っていた昌吉さんは当時驚く程羽振りの良い生活をしていた。
ベトナム戦争時代の好景気かな?
本土でも、戦後には朝鮮戦争の特需を契機に、経済復興をとげた。
でも、戦争特需なんて、ロクなモンじゃないでしょ?
戦争とか基地とか、或いは兵器の生産・販売とか、そんなモノに頼る経済は心持ちが悪い。
以前に比べれば沖縄経済の基地依存度は低下してきていて5%位。
市町村への交付金等を加えても7%程度。
決して低い数字ではないけれど、基地関連にいくら税金を投入したところでそれは消費されるばかり。

普天間基地の移設先とされるキャンプ・シュワブは、元々は地元が誘致したものなんだとか。
今になって考えれば、間違った判断だったね。
一時は基地景気に湧いたこともあったのかも知れないけれど、今は寂れ、辺野古への移設の誘因ともなっているんだから。
もちろん、当時の事情の元での合理的決断ではあったのだろうけれど。・・・
それは、アメリカの占領下で「基地の島」化が行われた時代。
それを何時までも引き摺っている訳にはいかないでしょ?

「戦後」は終わらせなければならない。
それには、「沖縄の負担軽減」は必要無い。
本当に必要なのは、「沖縄の基地削減」だよ。
posted by カムイ at 08:21| Comment(0) | TrackBack(1) | 普天間基地移設のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Tracked: 2010-07-16 14:38

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